google08a250b52fca022f.html クララの受けた教育①: 日々シューマン

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2019年8月26日 (月)

クララの受けた教育①

新元号に沸いた2019年は令和元年となりましたが、2019年はシューマン暦的(!)にはクララ生誕200年の節目の年となります。

クララ・ヨゼフィーネ・ヴィーク・シューマン (1819.9.13〜1896.5.20、結婚前はクララ・ヴィーク、結婚後はクララ・シューマン)は世界初の国際的女性ピアニストとして、そして世界初の真の職業ピアニストとして19世紀に華々しく活躍しました。

ドイツ・ロマン派の作曲家ロベルト・シューマンの妻として、シューマン死後はヨハネス・ブラームスを支えた女性として知られるクララですが、今日鍵盤楽器のための偉大な名曲とされている作品の守護者として大きな功績があったことはあまり知られていないかもしれません。

父親によって授けられた素晴らしい教育の結果、ピアニスト・クララは音楽作品からその芸術性を嗅ぎ分け、深い教養でそれを読み解き、心からの共感と確かな技術に裏打ちされた演奏で作品に生命を与えることができました。

クララのおかげで現代にまで弾き継がれるに至った作品群の総価値は計り知れません。

当時公開の演奏会で取り上げられることがなくなっていたバッハの平均律クラヴィーア曲集や組曲の数々を研究し、演奏会で繰り返し演奏してこれら人類の宝を現代にまで残してくれた立役者クララでした

作曲当時演奏不可能とさえ言われた難曲中の難曲、ベートーヴェンのピアノソナタ第29番《ハンマー・クラヴィーア》をレパートリーに加え、世界に紹介したのもクララでした。

クララは先人たちの音楽を非常に高い水準で再現しただけでなく、シューマン、ブラームスはじめメンデルスゾーン、ショパンなど同時代の作曲家たちの音楽も深い共感と使命感を持って世に送り出したのでした

その演奏は聴く人々を魅了し、王侯貴族こぞって栄誉を与え、民衆は惜しみない賞賛を送りました。

かくしてクララは鍵盤楽曲の解釈の権威としてヨーロッパ楽壇に君臨することとなり、その晩年はヨーロッパ、アメリカなど世界中から優秀な若いピアニストたちがクララの教えを乞いに集まりました

そのような華やかで輝かしいピアニストとしての人生の一方で、大恩のある父との離反、最愛の夫を精神病院に送る苦しみ、夫との死別、愛児の死、肉体の酷使による病など、苦難や悲しみも少なくありませんでした。

しかしどのような場面にあってもクララは、誠実に、勇敢に、忍耐と愛を持って歩み続けたました。200年前に生を受け、その素晴らしい才能によってドイツロマン派音楽に霊感を与え続けたミューズ、クララ・シューマン。

このまったく新しい芸術家はどのようにして生まれたのでしょうか。

 

(この夏、文学同人誌「調べ」に投稿したクララについての拙文。続きは明日アップします)

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